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嫡男ブローニュ伯ウスタシュ4世

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1153年、スティーブンの嫡男ブローニュ伯ウスタシュ4世(ユースタス)が原因不明で急死した。気力を失ったスティーブンは、モードの息子アンリとウォーリングフォードで和平協定を結び、自身の王位の承認と引き換えにアンリを王位継承者とした。

1154年10月25日にスティーブンがドーヴァーで死去した後、協定に従いアンリがヘンリー2世としてイングランド王位を継承し、プランタジネット朝が成立した
この内戦は双方それなりに正当性を有していたため、日本の南北朝時代や応仁の乱と似た展開となっている。諸侯の士気は低く、各々の都合のみを考えて戦ったり寝返ったりしたため、戦いが長引き世は乱れた。

スティーブンにはもう1人息子ギヨーム(ウィリアム)がいるにもかかわらず、アンジュー伯アンリを後継者としたため、アンリは実はスティーブンの子ではないかと噂が立った。実際、王位継承問題が起こるまでは、モードは夫のジョフロワとは仲が悪かった反面、従兄のスティーブンとは仲が良かったらしい。

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2009年04月30日 12:16に投稿されたエントリーのページです。

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